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五年生存記念日の誓い



6月の絶望なうから、

気付けば、5か月も経っとるがな。


あの絶望は、

夏の終わり頃まで続いて、


病院をハシゴしまくり、

悩みに悩み抜いた末、一つの賭けに出た手術を、10月に受けた。


そして、今日、11月11日、

発症から丸五年。


「五年後生存率10%」


五年前、その数字に出会った時も、あまり大きな動揺はなかったな。


でも、いつも、どこかでは、


愛する人たちのいない世界にいく恐怖、みたいなものを、一人抱えていた気がする。


当たり前に生きた日は、一日もなかった。









今日、友人が五年生存祝いにくれた、
パソコン作業用のあったか手袋。

手の痛いわたしには本当にありがたい。





娘たちからの花束。









もうブログを書く気はなかったけど、
なんとなく記念に(笑)


人は傷ついた分だけ優しくなるという。


でも、きっと人は、無意識でいると、


傷ついた分、臆病になったり、

攻撃的になったりするんじゃないかな。


そんな自分に打ち勝った強い人だけが、


きっと、本当に優しい人になれるんじゃないかな。



ここからは、強くなろうと思う。


強い人は、


はじめから強かったわけじゃなくて、


強くなるんだと、ある日、

心に決めた人だと思うから。



五年生存記念日の誓い。



at 17:57, naosun(なおさん), -

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絶望なう



久しぶりに、死にたいと思って涙が出た。

ひどい痛みが続いている。

いろんな苦しみを知って来たけど、
止まない体の痛みほど、心を壊すものはない。

どんな手を使っても、逃れようがないのだから。

それが、もう五年近く、24時間続いてる。


今日からパソコン教室がスタートだった。

明日からは手話講座が。

ようやく踏み出した一歩も、体調のせいで水の泡。

やりたいことが、普通に出来ない。

やろうとしても、出来ない。



一昨日の夜からティッシュペーパーが一枚もないのに、

近所のスーパーにすら、行けない。

子供たちは、毎日、帰りが遅い。

そんな時、「ああ疲れた、死にたい…」と思う。

自然と涙があふれてくる。

でも、それを拭うティッシュペーパーはない。


そして余計に、

「ああ疲れた、死にたい…」と思う。


でも子供たちが、

「ママはティッシュペーパーがなくて死んだんだ…」と、

後々悔やむのはあまりにも切ない。



三日前、とある集まりがあって、

そこで、友人の子供が、椅子に座るわたしの膝に乗ったり、手を引っ張ったりした。

小学一年生の、しかも小柄な女の子のすることだから、大したことはない。
心ではとても愛おしく、幸せに思った。

それでも、「やめて」と払いのけざるを得ぬことが辛かった。


その夜から激痛になった。

たったそれだけのことで、もう何日もわたしはまともに歩けない。

この分だと、孫の守りなどとてもじゃない。

赤子を抱くことすら出来ないだろう。


でも、その会場にいた誰が、わたしがそこまでの状態だと思っただろう。

誰一人いないと思う。


わたしは、今なお、そういう人間。



悩んで、悩んで、苦しんで、苦しんで、

最後の砦だった、理学療法にも半分見捨てられて、

ついに、岡大を受診することに決めた。







同じ病に苦しむ人もいるから、ここには書かないけど、

わたしなりに勉強して、勉強して、

これまで選択してきた療法も、病気との付き合い方も、

これまで何度も何度も何度も、限界と思いながら超えてきたガマンの壁も、

もう、本当に限界で、超えられないのかもしれない。


病気のおかげで、この5年で、

わたしは、それ以前とは、全く違う価値観を持った。

ずいぶんなリアリストになった。


心の問題、目に見えぬ問題、

ありとあらゆる角度で掘り下げてみても、

病は病。


医学が、すべてを解読しているわけじゃないから、お医者さんの言うことがすべてだとは、わたしは全く思わないし、

かといって、

それを霊障だの、潜在意識の現れだのという理解も、

もーお腹いっぱい、ジョーダンはヨシ子さんという戯言だ。


万策尽きた。


そんな時、人は消えたくなるんだろう。

わたしも今がそう。


でも、かすかな、わずかな、光を求めて、

一度は諦めた、現代医療に飛び込んでみようと思う。


傷付く覚悟は出来た。

というより、


もう、これ以上は、ない。


もう、散々、傷だらけ。


毎日、毎日、毎日、

わたしを励まし続けてくれる、

わたしが、今世出会った中で、

最も、真に痛みを知る人の深い愛情が、

わたしをギリギリのところで支えてる。

その愛が、あの愛が、この愛が、なければ、

私はとっくに諦めていた。


ごめんな、ごめんなって、

なにもしてあげれなくて、ごめんなって、

わたしを思う人たちはみんな言う。


それが、とても悲しい。


長年のボランティアで、偽善者と笑われたわたしも、

今では、人一倍、リアリスト。


治ることない病や、障害を生きる人の苦しみが、


我が事として、ここに在り、


今は、全てが綺麗事で、絵空事に見えて仕方ない。






at 14:45, naosun(なおさん), -

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毎年恒例







毎年恒例、梅酵素の仕込み!


何十個と、ヘタを取ったり、切り込みを入れたり、

当然、休憩を挟みながらしたけど、

最後はもう、包丁も握れぬほどの激痛に。


今は両手がひどくこわばって、熱を帯びてる。


こうして、一年前との変化を実感。


やはり、ちっとも快方へなど向かってないらしい。







いつか、こんなことすら、出来なくなるのだろうか。



「毎年恒例」って、すごいことだな。








at 18:23, naosun(なおさん), -

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この頃の旅の記録



父の選挙が終わったら絶対に行こうと決めてた旅行にやっと行けた。

今回は、念願だった山口県の角島へ。

現在、乗り心地のとても楽な車に乗らしてもらってることもあって、思い切って足を伸ばしてみた。


旅行は、無趣味な私の唯一の気晴らし。

痛くて悔しいことが多い日常から少し離れて、心を休ませるための時間。


「自分のための時間」だから、最近の旅行は、ここにも書かずにいたけど、

今回の旅行で、またレースにならぬほどに患って、
「もうなかなか旅へも行けなくなるのかなぁ」なんて少し凹んでいることと、

「あれいつだったっけ?」って、すぐ記憶喪失になる未来の自分のために、

このiPhoneの中にある画像だけでも旅の記録として残しておくことにした。


2014年6月25日〜26日
城崎温泉










但馬牛



出石そば



2014年9月9日〜10日
赤穂温泉




わたしが撮れた写真はこんなのだけど、







実際は、こんなお風呂の銀波荘。

海と一体。







2014年11月10日〜11日
宍道湖温泉




宍道湖の夕陽



どーしてもやっちゃう(笑)




解禁直後の蟹!




出雲大社で、ロンブーの淳とか、高橋真麻たちのロケに遭遇。





後日、たまたま観た放送では、
なおちゃん、グラサン姿でめっちゃガラ悪く映り込んでてワロチン。



2014年12月19日〜20日
OSAKA光の饗宴2014




珍しく街へ旅。




目的は、一つ。

ずっと見れなかった、プロジェクションマッピング。




小規模だけど、涙が出た。




やっぱり自然が恋しくて、夕飯はお刺身(笑)



そして、そこから選挙一色で、
今回、

2015年5月24日〜25日
山口の旅へ(一の俣温泉)




下関の唐戸市場。




うますぎ。





一瞬、九州上陸。




念願の角島!




海の色がワヤ!




二日とも天気予報を裏切る快晴。



大自然にとことん癒された幸せな時間だった。

でも今回ももれなく、初日のうちに歯茎まで腫れ上がり、全身くまなく、痛みのオーケストラ状態に。

いろーんな、言葉にならない決意を固めてる、お楽しみ後の苦しみナウです。







at 13:28, naosun(なおさん), -

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マモちゃんラジオ


5月から、RSKラジオで、
毎週月曜日16時40分〜50分、

「〜みんなで守ろう黄色い道〜 岡山発 マモちゃんラジオ」という番組が始まりました。

わたしたち顔晴れOKAYAMAが作った「幸せの黄色い道」が、その番組のテーマソングになっとります。


みなさんよかったら聞いてください(*^^*)


わたしは、先日、2週分収録しましたよ〜。


放送は、6月22日と、29日の、
16時40分〜。


なんせ、時間が短いし、
何よんかわからんと思うけど!(笑)












デブ過ぎてトリミング(笑)


実際の体重も、こーやってトリミングでけたらえーのに!!


なんぼここでトリミングしても、
フェイスブックとかにフツーに無修正バージョンが載せられとんよなー。


ほんと、いやな時代や…。

(ほんなら、痩せろってな(笑))








at 13:15, naosun(なおさん), -

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このごろのこと


父親の選挙が終わって、死ぬほど暇になるかと思いきや、
今のところなんやかんやとあって、
頭と心が、わーっと気忙しいまま、いつの間にやらひと月が経った。

自分自身、何があったのか、あまり思い出せないほど。


不思議なことに、
このひと月、何年もご無沙汰していた友人たちから、
「やっと見つけた!」と連絡が入ったり、わざわざ会いに来てくれたりすることが続いた。

それは神戸だったり、東京だったり、はたまたオーストラリアのメルボルンだったり。

同時期にそんなことが起こるなんて、それがなぜかはわからないけど、

人と広く浅く器用に繋がれない自分の在り方や、本当に大切なものを見つめる、良い機会になったように思う。

どうあれ、何年経っても、見知らぬ街でたくさんの人に出会い、たくさんのことを経験しながら、それでも「会いたい」と思い続けてくれる人がいる事は、とても不思議で、幸せなこと。

人が人を想うことに、時間も場所も距離も…何も関係がないということ。

つながっているのは、「心」でしかないということ。


体調は相変わらずだけど、
自分のペースが明確につかめてきた。

一日に、用事は一件。
二、三日おきに、必ず休息日。
一つのお出かけは、4時間以内。

このオキテを破ると、なんらかの弊害がすぐさま起こる。

激痛なり、発熱なり、諸々。

「ちょっとここまで来たついでに寄り道!」とか、「せっかくだからもう少し!」というのが出来ない。


「どうしてこんなに体力がないんだろう」という長らくの疑問に、
昨日、発病当初からお世話になっている理学療法士の先生が、いとも簡単に答えをくれた。

「これだけ身体全体がカチカチにこわばっていると、例えば、咀嚼や、飲み込み(食べるという行為)、座っているとか、歩くとか、もっと言えば、ただ呼吸をするとか、とにかく健康な人が無意識に出来てしまう行為一つ一つに、松田さんはいちいち意識を向け、痛みを伴いながら、がんばってしなくちゃいけない。
それはものすごいエネルギーを消耗することなので、疲れるのは当たり前ですよ。」と!!!

な、な、な、な、な〜るほど!!!

それは、目の覚めるような間違いない答えだった。


もう、この体になって、何年も経つから、普通の感覚という方を、私は忘れてしまったけど、言われてみれば、確かにそうだ。

運転するとか、料理をするとか、洗濯を干すとか、そんな日常だって私にとっては、歯を食い縛ってすることばかり。

4時間が限界と言う事は、単純計算でも、健康な人が、8時間労働とか、もっと強健な人になれば、一日の半分、12時間位は元気に活動出来るとして、私は一つ一つの行動に、その人たちの、2倍〜3倍のエネルギーを要しているという事かもしれない。

ついさっき、近所のスーパーで少量の買い物袋を片手に下げ、杖を頼りに歩く腰の曲がったおばあさんを見かけて、
「この方はただ買い物するというこの行為にどれほどのエネルギーを費やしているんだろう」と考えた。

そして、どれほどのことをあきらめているのだろう、と。

若い時にはなんでもなかったこと、健康の時には全く無意識だったことが、老体や病体には、想像を絶するほどに厳しい。
もちろん障害を持つ人だって同じ。
買いたいものが買えない。
それはお金云々ではなく、持ち帰れないから、買えない。

竹内先生が言った、

「買い物は好きだけど、見えないから楽しくはない。」という言葉を思い出した。


「愛と感謝と想像力!」

そう繰り返し唱えながら、娘たちを育てたわたしは、今、さらに、

ジョンレノンじゃないけれど、

「想像してごらん…」

そんな風に、誰に言うともなく思います。強く、強く。

「ちゃんと想像できる人」は、優しい。






ゴールデンウィークに西川緑道公園で開催された、キャンドルナイトのイベントに、
わたしは行ってみたくて、
いやきっと、行けないからこそ行きたくて、
車で、ほんの一瞬連れて行ってもらった。


にぎやかに楽しむ人たちが、私にはとても羨ましく思えて、

でもきっと、この人たちにも、人には見えない苦しみや哀しみはあるのだと想像しながら、
会場の外からシャッターを押した。





この写真は、今のわたしみたいだと思った。



帰宅後、会場にいた長女から、たくさんの写真が送られてきて、

切なさとありがたさと一緒に、私はその写真たちを眺めた。





「何でもないようなことが、幸せだったと思う」

という歌があったな。





でも、

「もっと何でもないようなことさえ、今は幸せに思える」

のも、また事実。






今、ここを、懸命に、生きている、
このごろの、何でもないお話でした。






at 16:46, naosun(なおさん), -

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未成年な中年



今日は雨なこともあって、一日中、一人どんより引きこもり。

「未成年」ってドラマの再放送を二話続けて観た。

ネットで調べたら、1995年のドラマだって。

ギリギリ、私自身も未成年の頃のドラマ。

その頃、全く家でじっとなどしていなかった私は、このドラマをちゃんと観たことはなかったけど、

今でも鮮明に覚えてる。

一瞬チラッと観た時に、
主人公のいしだ壱成が、当時の彼氏にあまりにも激似で、ひっくり返るほど驚いたこと(笑)

でも月日は、人の顔を変える。

今ではもう、全くの別人(笑)

あれから、もう、二十年以上。

人様の顔に、時の流れを感じた、今日(笑)


あのドラマが、名作と呼ばれるのは、

たった二話しか観てないからわからないけど、

あの、「忘れ去りそうな感覚」ゆえか。

あのバカさ、がむしゃらさ、
向こう見ずさ、青さ。
そして、真っ直ぐさ。



昨晩、男女8人で飲んでいて、(合コンちゃうよ)

そのうち3人の男は、同級生で、

それぞれに、みんなバラバラの学校やし、
それぞれ、全く別のグループで仲間だったんだけど、

ほぼ同時期から、もうかれこれ二十数年間ツレで、
それだから、無理も言えて、なんでも言えて、
建前とか、遠慮とか、なくて、

それは、付き合いの長さというよりも、
いいも悪いも、かっこいいもかっこ悪いも、全部見せて、そして見て来たからなのかなぁって、
今日、ドラマを観ながら思った。


未成年と呼ばれる時代が終わって、二十年以上も経った今さら、

「大人ってめんどくさい」とか言うと、
ほんと、ギョッとされそうだけど、

きっと誰の心にも、
あんな風に未成年の自分が、どこか本当はいつまでもいて、

だから、その頃の仲間とは、
正確には、その頃の仲間の一部とは、

いつまでも、無知で向こう見ずな未成年のまま、
損も得も、腹の探り合いもない世界で、
安心して笑い合えるのかもしれない。



今日、電話で、

「心が疲れてる」とボヤいたわたしに、


「人は誰しも純金のままでは生きられない。純金は柔く、打たれ弱い。
時には、表向き、鉛や鉄にならなきゃいけない。芯の金さえ失くさなければ、いつだって、服を脱ぐみたいにまた金に戻れる。
金には金で。鉛には鉛で。そうしてうまく仮面を付け替えながら、しぶとく、賢く生きていけ。」

そんな、まさに「金言」をくれた人がいた。


未成年のままでは生きられない。

でも、未成年の心は失くさずに、

もう少し、賢く器用な、

鉄の大人にならなければ!


なるほど、書いてて気づいた。


「堅い」と「賢い」は違う。

「賢さ」の下にある貝の中に、

未成年の心をそっと大切に、隠し持ってればええんやな…(笑)













at 17:18, naosun(なおさん), -

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生まれてはじめての動画



生まれてはじめてアプリで動画作った(笑)

そして、生まれてはじめてYouTubeにアップロードなぞしてみた(^ν^)

ほしたら、なんか頭のとこがおかしゅーなったけど、疲れ過ぎたから、もー知らね…(。-_-。)


良かったら観てください♪(*^^*)



http://youtu.be/DONTy0MK-k0




at 21:48, naosun(なおさん), -

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抜け殻のつぶやき









父の選挙は、無事、上位当選という、素晴らしい結果で幕を閉じました。






それは、また落ち着いて書こうと思います。(笑)






事務所開きの前、

掃除屋の友が、全面、床を磨いてくれたのが、11月の終わり。






今日、再び、もぬけの殻になりました。



もれなく、わたしも、もぬけの殻ナウ。



やるべきことはたくさんあれど、

あまりにもぬけの殻なので、

知らぬ間に春が来て、

モッサと生えていた、

山盛りの庭の草を抜き、


3月の頭にもらった、


わたしの誕生日プレゼントたちを、

ようやく開けて、散らかしてる(笑)


これから、片付ける(笑)








そのくらい、この数ヶ月、なにも出来なかった。


知らぬ間に桜が咲き、散ってた。


一つずつ、生活を通常に戻していこう。


一箇所ずつ、家の片付けもしていかなくちゃ。



そー思いながら、ボー然と座りこんでます。



今回も済んでしまえば面白かった。


そして、いつも通りのことを思う。



この世は、わたしの知らぬことばかりなり。



知った顔して生きてるやつに、


この分だと、わたしゃ一生なれりゃあせんな。






今日、事務所の片付けに来て、汗だくで働かされたあげく、






アイスをおごらされる、かわいそーなツレ(笑)



こんな顔して(大きなお世話)、ヤツが贈ってくれた、


「バタフライ エフェクト」

小さく動き出した蝶の羽ばたきは、
やがて大きな風をも起こす可能性を秘めている。


という、言葉。


今回も、わたしは、まぁもれなく、わたしでしかなく、


でも、ほんまに見事に毎度のごとく、


考えられんぐらいお人好しの、

最高の仲間たちに支えられて、


やっぱり、クソみたいな世の中だけど、

全然、捨てたもんじゃないんだよな〜って、


ほんまは言いたいけど、


あんまりもう、好き放題言うたらいけんしなーとか思って、自粛してます。



あ、言うてもた。


うっかり、うっかり。







サンキュー!青年部!!


※迷い込んだオバチャンを探せ!

ヒント:指の数(笑)




どこにいても、なにをしてても、

自分は自分で在り続けること。



「あなたがすることのほとんどは無意味であるが、 それでもしなくてはならない。
そうしたことをするのは、世界を変えるためではなく、
世界によって、自分が変えられないようにするためである。」



時空を超え、

果て無く共感するよ、ガンジー!!
(ほんまいつか怒られる)










at 15:01, naosun(なおさん), -

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無念


案の定、

体からの危険信号が、無視出来ないボリュームになりました。


竹内先生からの、

「あなたの病気は、命に関わることを絶対に忘れないように!」


という言葉で、ふと我に返ると、


発熱し、全身がひどくしびれて、

もう何日も、腸の腫れがひかぬ自分に気が付きました。



しっかり化粧もし、

いざ事務所へと立ち上がったタイミングだったけど、


竹内先生からの窘めは、

天からの警告にも思え、断念しました。



体が悪いことを、

健康でないことを、

何度となく、悔しいと、哀しいと、苦しいと思ってきたけど、


今回も、本当に情けなく、

やり場のない思いが涙となって、

後から後から流れ出ます。



竹内先生が、応援弁士で来てくださる、

三日後の父親の総決起集会の時、

わたしは会場にいられるでしょうか。

























わたしの友人たちにも、青年部として、本当に助けられています。


みんな、仕事があるのに、家庭があるのに、

中には、一週間も仕事を休んだあげく、髪の色まで染めて、


毎日、選挙カーに乗ってくれてる子もいます。


もちろん、完全ボランティアです。

ただの一円も出ません。


事務所内も、友人たちの活躍は多大です。

彼女たちがいなければ、ここまで来られませんでした。


事務所にも、ロクにのぞけないわたしの代わりに、


本当にみんな、愚痴一つ言わず、

全力でサポートしてくれています。


もちろん、父の周囲の方々もたくさん。



父の選挙は、

本当に素晴らしい仲間に支えられています。



自分の体が、死ぬほど悔しいです。







父の遊説は、

初日、事務所を出発した後、


父の母、わたしのおばあちゃんのいるグループホームに一番に立ち寄り、スタートしました。


おばあちゃんは、とても泣いていたと、仲間たちが教えてくれました。



わたしも、父と、仲間たちと、

共に走り抜けたかった。


無念です。








at 16:53, naosun(なおさん), -

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